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東京高等裁判所 昭和31年(う)84号 判決

控訴人 被告人 金在文

弁護人 若山梧郎

検察官 近藤忠雄

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人若山梧郎の控訴趣意は本判決末尾添附の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これについて判断する。

第二点について

所論に基いて審按するに、被告人が原判示の如く、崔源吉から本件偽造軍票二〇枚を受け取るに至つた経過は、原判決中(弁護人の主張に対する判断)において説示するとおり、初め崔源吉が昭和三〇年四・五月頃平野某から右軍票を受け取り、その後偽造物と知つてから之を邦貨に両替しようと企て、五月下旬頃被告人に右事情を打ち明けて相談した結果両名間に同偽造軍票を真正のものとして邦貨に両替すること而して両替の直接の衝には被告人が当ることの通謀が成立し、その実行方法として前記グランドハイツ附近において右崔より被告人が同偽造軍票を受け取つたのであり、而してその後被告人は右の如き行使行為の実現に至らなかつたものなることは前記崔源吉の検察官に対する供述調書二通および被告人の検察官に対する供述調書によつて明らかである。故に、被告人の右受取行為は、被告人と崔とが右軍票の両替のための行使につき互に共謀による共同正犯者の関係に立ち、右行使を実現する準備的行為として両名の内部的相互間において同軍票の所在点を機械的に移動させる措置なりしことが認められる。そこで進んで右受取行為による犯罪の成否につき審究するに、右の如く共謀による共同正犯者間の授受があつた以上、その共同正犯たる右行使の対象物たる右軍票の受取行為は、刑法第一五〇条所定の「収得」に該当せざるのみならず、斯る準備的行為を独立に処罰すべき規定もないから(刑法第一五三条参照)、その他の犯罪をも構成することなく、此のことは、本件軍票の行使行為の成立に至つたか否かによつて遡及的に結論を異にすべき理由はない。故に、右軍票の行使をみるに至らなかつたことを根拠として右受取行為を刑法第一五〇条所定の収得罪に該当するものとした原判決は、所論の如く、法律の解釈の誤より延いて事実の誤認に至つたものであり、而して、同誤認は判決に影響すること明らかであるから、原判決は此の点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで刑事訴訟法第三九七条第三八二条第四〇〇条但書により原判決を破棄した上更に判決する。

本件公訴事実は、被告人は昭和三〇年五月下旬頃東京都板橋区成増町グランドハイツ附近の道路上において高山こと崔源吉から内国に流通する外国紙幣であるアメリカ合衆国政府発行の一〇ドル表示軍票を偽造したもの二〇枚をその偽造たる情を知りながら、邦貨と両替する目的で受け取り、以て行使の目的を以て之を収得したものであるというに在る。

而して、被告人が右日時場所において崔源吉から偽造物たる情を知りながら右の如き偽造軍票二〇枚を邦貨と両替する目的で受け取つた事実は、崔源吉の検察官に対する供述調書二通、被告人の検察官に対する供述調書その他原判決が此の点につき引用の各証拠によつてこれを認めるに十分である。然し、右軍票を被告人が受け取るに至つた経過は前述の如く右崔と被告人とが右偽造軍票の行使につき共同正犯を共謀した結果その行使の準備的行動として授受したのであるから、前示説明の如く被告人については右受取により刑法第一五〇条所定の偽造紙幣収得罪その他何らの犯罪も成立しないものである。

故に、刑事訴訟法第三三六条前段により、被告人の本件行為は罪とならないから無罪の言渡をなすこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)

弁護人若山梧郎の控訴趣意

第二点偽造外国通貨収得罪の成否に付て一歩を譲り、被告人が崔源吉から前記軍票を情を知つて受取つたとすれば、被告人と崔源吉とが偽造外国通貨の行使について、互に共謀者の関係に立つことは明らかであるから、右両名間の偽造軍票の授受は共謀による偽造外国通貨行使実現のためにする共謀者内部に於ける準備行為に過ぎないものというの他なく、行使にまで至ると否とに拘らず、右授受行為自体が偽造外国通貨交付罪又は収得罪を構成するものではないといわなければならない。ここに東京高等裁判所が公職選挙法違反事件に付て投票買収の共謀者内部に於ける買収資金の授受は、公職選挙法第二百二十一条第一項第五号の交付罪を構成するものではない旨の判断を示している(高裁判例集第六巻八号九六三頁)が、公職選挙法違反行為と偽造通貨に関する行為とで共謀者内部に於ける準備行為につき扱いを異にすべき理由は何処にも発見することはできない。蓋し共謀によつて一個の犯罪的団体が成立した以上、その一個の団体内部に於ける準備行為としての授受の如きは恰も同一人の右手から左手に移転したと全く同様に解すべき点に於て、彼此相異るところがないからである。従つて被告人の本件偽造軍票の収得はいづれの見地からするも何等犯罪を構成しないものというべきである。以上の理由により原判決を破棄し無罪の御裁判を賜り度く控訴した次第であります。

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